検査・治療について medicalreport TOPICS

ケタミン

和田 貴志精神科 / 心療内科
【所属学会・資格・専門領域等】
  • 精神科専門医
  • 精神保健指定医
  • 麻酔標榜医
  • 産業医
  • 修正型電気けいれん療法
  • 感情障害
  • 統合失調症
  • 認知症

治療法の紹介

ケタミンとは

ケタミンは静脈麻酔薬です。特に小児の小手術や動物の麻酔など意思疎通が困難な場合に使いやすく、またペインクリニックでは慢性疼痛の治療薬として50年以上にわたって使用されてきました。
一方で麻酔から覚醒する際に覚醒時反応といって統合失調症の症状とは異なる幻覚妄想状態や錯乱状態を呈することがあり、この幻覚体験を目的として主に海外で乱用されているということもあります。このため日本では2007年に麻薬指定されています。

精神科領域を中心とした効用について

ケタミンがうつ病の患者さんに有効であるかも知れないという報告は少なくとも10年以上前からありますが、広く行われるようなことはありませんでした。これには有効率についてまちまちであること、原則として点滴静注による投与となること、先述した覚醒時反応のこと、呼吸状態のモニタリングが必要であることから病院内でしか施行出来ないことが関係していると思われます。

近年、といっても8年以上前からケタミンの抗うつ効果がクローズアップされており、研究者の間では「次世代の抗うつ剤」とさえ言われています。即効性が高く、非常に重篤で「死にたい」と訴えるような患者さんにも有効であるなど、通常の内服薬を中心とした治療の常識を覆すほどの効果があることも症状によってはあります。

またうつ病以外にも双極性感情障害における抑うつ状態(抗うつ剤を使用することで躁状態になる可能性があり、抗うつ剤が使用し難い場合がある。)、強迫性障害、社会不安障害、心的外傷後ストレス障害にも有効であることが示唆されています。
さらに覚せい剤その他の薬物依存やアルコール依存の治療にも用いられ、効果があるとする報告も見られます。

対象者

「どうしても良くならない」、特に「死にたい」と訴えたり、実際に死のうとするような行動をとっている患者さんに治療を提案することにしています。回数も合計10回ぐらいまでを1クールとし、その後は多くても2週間に1回程度のメンテナンスにとどめ、できるだけ長期化しないようにすることにしています。

外来患者さんについては原則施行しません。実はペインクリニックでは広く外来で投与されており、私自身は過去外来で施行していたこともあります。相当長期にわたって施行していましたが、特に大きな問題はありませんでした。
しかしながらケタミンの精神疾患への使用は、現時点ではコンセンサスが得られているとは言い難く、また長期連用した場合の安全性も確実とは言い切れないため、当面の間は入院の上で、先述の通り回数も限定した上で施行する予定です。
現在、国内のある大学では治験が行われています。これらの結果が発信されて世の中の風潮が変われば外来で施行出来る日が再び来るのではないかと考えています。
希死念慮や自殺企図に関してこれ以上の治療は、現時点は考えられないと思われますので、そうなる日が来ることを切に願っております。

医師の見解:自殺を回避する

自殺というものは本当に良くないことです。自殺を遂げた人が何らかの精神的な病気になっていた確率は非常に高いことが、死後の追跡調査でも明らかになっています。たった40分の点滴でそれを回避出来るとすれば素晴らしいことだと思います。
私は職業柄、治療にたどり着けずに亡くなられた方を多く見てきました。自殺された本人や残されたご家族のことを考えると本当に心が痛みます。あの時に戻れるなら、時間を巻き戻せるなら、と考えずにはいられません。
確かにはっきりしないことの多い薬ですが、自殺を完遂されてしまったら、それで終わりです。そのような方が身近におられましたら是非ともご相談ください。

同意と撤回について

本治療は保険適応外治療なので患者さんの自由意思で治療を受けられるかどうかを決めてください。なお保険が通らなくても薬剤費は病院負担になりますので心配はいりません。
同意されない、もしくは同意を撤回されても、その後の治療に一切影響しないことは言うまでもありません。

留意点

海外の動向について

イギリスでは2014年5月より難治性うつへのケタミンの使用を承認しています。また、アメリカでは点鼻薬も販売されています。
適応外使用ではありますが、海外ではその効果の大きさから自由診療のクリニックが多数存在するとのことです。

依存性への懸念

ケタミンは依存について議論される薬ではありますが依存によって生じる他の薬剤で見られるような脳の変化は動物実験においては証明されず、具体的な禁断症状(依存の定義になります)も添付文書に記載されていません。つまり依存の可能性は現時点ではほぼ無いと考えられます。
しかしながら、先述した幻覚体験を求めて乱用する方が存在することも事実です。これにより、やはり依存的使用に陥ってしまう可能性を訴える研究者は存在しますし、現時点では長期使用した場合の安全性についてはまだ立証されていません。

依存と覚醒時反応、その他デメリットについて

精神症状(陶酔感・浮遊感・非現実感・時間感覚の欠如・周囲の環境に対する違和感・思考不能など)が出現することがあります。これは何の処置もしなければ約15%の患者さんで発生すると言われており、通常は数時間で回復しますが、24時間以内に再燃することもあります。
対策としてはベンゾジアセピン系の薬剤や抗精神病薬であるドロペリドールを添加すると添付文書にも記載されています。当院ではミダゾラムというベンゾジアゼピン系麻酔薬を混和していますが、それでも治まらなければ、さらなる対応ができます。
副作用としては頭痛が最多で35%、この他 33%にめまい、28%に解離が見られたとのことです。その他、経験的には吐き気を訴える人が1割ぐらいいるような印象です。これに対しては対症的に薬物を使用しますのでご安心ください。

治療の流れ

01
事前同意

ケタミンは保険適用外治療となりますので、患者さまの自由意志で治療を行うことを決めていただきます。担当の医師より患者さまとご家族に治療の説明を行います。
説明に納得して頂き、同意が得られれば治療となります。

02
入院

治療前日よりご入院いただき、治療当日の朝は通常通りのお食事、昼食は脂肪分の少ない軽食や栄養剤のみとなります。飲水(お茶・水・スポーツドリンク)は直前まで自由に飲んでください。

03
治療

通常の点滴と変わらず40分ほどで終了します。サチュレーションモニターという機械を装着してもらいますが、特に苦痛を伴うような操作はありません。点滴を刺す時の痛みがあるぐらいです。

04
退院

覚醒時の反応を病棟にて確認後、ご退院いただきます。